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御堂筋ロータリークラブ 3月15日卓話概要
「人の和、歌の和」
阿部和子(音楽教育家)
『ご挨拶』
田村様からご紹介いただいた通り、御堂筋クワイヤーズの指導を楽しく担当させてもらっている。経歴も肩書きも外して屈託なくコーラスの練習に励まれる会員と奥様方の姿は尊敬に値するもの。当初は内心「殆どが初心者。忙しい方ばかりだし、1年も持たないのでは」と予想していたが見事に外れ、メンバーの意気はますます軒昂。今は「恋の季節」「銀座の恋の物語」「Dream」「千の風になって」などを混声四部合唱で歌っている。
岩津会長のお話から、昨日3月14日が1970年の大阪万博開会式の日だったと知り感慨無量。なぜなら夫の父・行夫(芸名泉田行夫)が開会式で司会をしたと聞いていたから。
そして19歳の苦学生であった私は、慕っていた作曲家大中恩先生の温情で、キリスト教館内で音楽評論家日下部吉彦氏の秘書としてアルバイトさせてもらった。おかげで世界各国の展示を何度も観ることができた私の心に「いつか自分の目で足で世界の異文化に触れたい」という夢が根付き、その思いが、やがて57歳の今日までに世界40カ国の人々と歌で交流という信じられない結実に至った。
これが「人の和、歌の和」の原点。今日は多くの体験の中から幾つかを。
『トルコ』
カッパドキア近くのシルクロード沿いに建つ遺跡の一つキャラバンサライ(隊商の宿)で近隣の村人と交流。決して豊かでない3つの村から彼らをチャーターバスで送迎。初めは緊張で声も出なかった村人たちに「ソーラン節」の掛け声「ハイハイ!」を教えたらだんだん笑顔になり、そこでトルコ語の歌「KATIBIM」(日本ではウスクダラとして有名)を歌うといっぺんに和やかに。最後は手を取り合って別れを惜しんだ。
『ノルウェー』
フィヨルド観光の起点フロムの町で、ノルウェーの子どもの歌を地元の人に教えてもらいおぼろげに採譜。そこから乗った列車の中で隣り合わせになったノルウェー人女性がたまたま英語を話す地元のコーラス団員だったので、その歌を歌ってみたところ修正してくれ正確に教わり、彼女の勧めで車掌の許可をもらい、私が車輌の前に立って覚えたての歌「ペルスペラマン」を歌ったところ、乗り合わせていたノルウェー人から拍手喝さい。終着駅まで日本の歌も披露するなど大いに盛り上がって別れを惜しむ。
この北欧ツアーでは他にも、バルトクルーズの甲板で出会ったドイツ人と会話したおかげでケルンの合唱団との交流が生まれ、昨秋ブリュッセルまで私に会いに来てくれた指揮者と意気投合。来年6月にはアーヘンで演奏会にゲストとして招かれることになっている。
『ミャンマー』
バガン郊外の小さな村を訪ねたが、まことに貧しい暮らしのようで胸が痛んだ。我々一行(阿部和子と行く歌の旅)は宇宙人襲来のように思えたかも。そこで例によって覚えたてのミャンマー語の歌を、水牛が回る粉引き小屋の前で歌ったら、たった7軒ほどの高床式の集落から出るわ出るわアッという間に100名近い村人に取り囲まれた。そこで「幸せなら手をたたこう」を歌うと、子どもも大人も老人も大喜びで一緒に何度も何度も歌い、名残を惜しみつつ小さなお土産を一人一人に手渡して村に別れを告げたが、走る我々のバスを水牛に乗った少年たちが追いかけてきて何か叫んでいる。通訳に聞いてわかった。「今度はいつ来てくれるの〜!」
『フィジー』
「普通の暮らしの普通の人々に会いたい」との私のリクエストにいつも四苦八苦しながら応えてくれる旅行代理店の友人が、フィジーだけは難しいと言ってきた。よそ者を村に入れるとよくないことが起こるのではと不安がる村人たちが、私にカヴァの儀式にどうしても参加してもらいたいという。「喜んで」と言ったものの内心びくびくものだったが、高床式の大きな集会所のゴザの上にあぐらをかいて座った大勢の村人の前で、私もあぐらをかき(フィジーの流儀)勧められるままココナッツ椀にたっぷり入ったカヴァ酒を一気呑み。呑み終えるまで村人たちは何やら呪文のような歌を歌っている。飲み干した椀を見せると3つ拍手して儀式は終わった。その後我々が日本で練習してきた「NISA BULA」をフィジー語で歌うといっぺんに座は和み「さくらさくら」「ソーラン節」・・・あっという間に楽しい交歓のひとときが終わり、抱き合いながら別れを惜しんだ。
『夢は持つもの・叶うもの』
これが私の信条。夢だけはいくら持っても税金かからない。叶うか叶わないかいずれにしてもまず夢を持つこと。心に強く描くこと。貧しい家庭に育ち体も弱かった私が、長じて世界各国の人たちと触れ合うことができたのは、歌があったことと夢を持ち続けてきたことのおかげ。
『私の家族こそが人の和、歌の和』
私と夫そして3人の子どもたちは、それぞれに輝く才能を発揮し互いに尊敬しあいながら、何か大きなプロジェクトあればいつでも協力し合っている。特に次女は今我々夫婦とともに「音楽企画あべぷらん」(あべぷらんは息子が命名)を運営、身体表現活動に音楽指導に走り回る日々。この前の日曜日も茨木で3人での「朗読と歌と踊り」の仕事を生協から頼まれ、大勢の人に喜んでもらえた。家族の絆が薄く感じられたり、家族ゆえに互いに不干渉を装ったり、牽制しあったり、一番近くて遠い存在だったりしがちな今の世の中で、私の家族が果たす役割が必ずあるはずだ。家族だからこそ言いたいことが言い合えて、しかもそれぞれの力を認め合いつつうまくバランスを取りながら、絶妙な協力関係でメッセージをこめた表現の場を創り上げる。世界各国で私が実現してきた「人の和、歌の和」精神は間違っていなかったと思う。と同時に、私の小さな宇宙「家族」の姿も心から誇りに思いつつ、今後もこの仕事に精進したい。
話の中に出てくる各国の歌を披露しながらの卓話であった。
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