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阿部和子とともに歌の旅
"The Tour of songs with Kazuko ABE" in GERMANY
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2008 11/24〜28
世界遺産
アンコールワットと
ベトナムの旅8日間


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カンボジアといえばアンコールワット一帯の世界遺産寺院群。その拠点となる町がシェムリアップ。
そこの5つある小学校の一つコパトリー小学校を、今回は15名で訪ねてきた。
朝8時に到着すると、入り口でこどもたちが合掌をし人の道を作って歓迎をしてくれました。
教室に入るとく、く、くらい!タイルの床で裸足のこどもたち。
机にはノートの代わりに一人ずつ小さな黒板。天井には細い短い裸の蛍光灯が2本だけ。
それも余程暗くならない限り点灯しないらしい。
ようやく闇に慣れて目を凝らすと、居るわ居るわ小さな子どもたちがいっぱい。
目をパッチリ見開いて我々を見上げている、その瞳の澄んで綺麗なこと。
私がヨドバシカメラで買って持って行ったキーボードで伴奏をし、みんなでカンボジアの愛唱歌アラッピーヤを歌うと、途端に空気が和らぎ子どもたちに笑顔が。
赤いハッピを着た仲間それぞれが子どもたちにやさしく話しかけ、頭や頬をなでなでしていた。
みんな心から子どもたちを愛おしんでいる。
校長先生が私に「訪問してくれる外国人はたくさんいるが、こんなにたくさんのプレゼントをいただくのは初めてです。」目を潤ませて言っておられた。
担任の女の先生はキーボードを「自分が弾かなければならなくなるかも・・・」という不安いっぱいの表情を浮かべていた。私は心ひそかに〔近年中に私だけでも再びここを訪れてキーボードの弾き方を指導しよう〕とその時すでに考えていた。
2〜3年後に訪ねたらみんなびっくりするほど上手になっていたりするかもね。
帰るとき子どもたちがまた玄関まで出てきて、バスが見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
言葉にならない思いを胸に、我々のバスは一路アンコール・トムへ。熱帯雨林の奥にひっそりとたたずむ、目を見張るばかりの彫刻とレリーフに刻まれた寺院。バスはそれ以上は入れないため、トクトクと呼ばれるバイクタクシーに4人ずつ乗って寺院の前まで送ってもらう。よくテレビや写真で見るアンコール遺跡が眼前に!
第1、第2回廊まで上がったが、第3回廊へは修復工事中で行けなかった。ああよかった。ものすごい急階段でんがな。
午後はアンコール・ワットを堪能!江戸時代に「森本右近太夫」という武士が書き遺した落書きがあって、今はそれも観光スポットの一つ。祇園精舎と間違えて辿り着いたようだ。山田長政の親戚らしい。よくまあこんな僻地へ!
夜は宮廷クメール料理バイキングを食べながらクメール舞踊を鑑賞。各国からの観光団がひしめいていた。
翌日はアジア一広い湖トンレサップ湖へ。水上生活者の村を見学する船遊びだ。
たくさん居る水上生活者は乾季と雨季では住所が違うらしい。
学校もスーパーも水上にあった。乾季でも琵琶湖の3倍というこの湖、水平線が見えた。
楽しく案内してくれたガイドのブンシンさんは、「カンボジアのかつらぶんちん」と自己紹介してくれた。嫁さん紹介してほしいとずっと言ってた。25年待っててくれたらわてが来てあげるゆうときました。返事しよりませんでした。
さてカンボジアにさよならをしていざベトナムへ。ホーチミンは賑わいの町。とにもかくにもバイクと人の洪水!ホーチミン氏の肖像がいたるところに。
市場の喧騒は中国広州で体験した思い出よりすごかった!
夫の絹製のパジャマを、値切って日本円の約700円でゲット。本物な訳ないわな。
翌日はクチトンネル見学。ベトナム戦争時ベトコンが活躍したジャングルの中に掘った広大な地下トンネル。アメリカ軍はベトコンに悩まされ恐れ、遂には禁断の枯葉剤を散布した。その影響はいまだに残っているという。
戦争は絶対に許されないものである。人類の叡智は、無駄な戦いをせずに相手を尊重しあいながら互いを認め合って話し合うことであろう。
戦跡は見たくない時期もあった。だが、本当は見なくてはならないものなのだ。
むごい結果をしっかり見てこそ、次のステップを目指せるのだ。
今回の旅でさらに思いは強くなった。戦争はいけない。
命の限り、歌を通して平和を訴え続けよう。こどもたちの澄み切った瞳を守ろう。
今年12月24日のリッツカールトンでのショーでは、その心を歌おう。