<阿部和子と行く歌の旅>
 
バラの国ブルガリヤ・バラ祭りと音楽の都・ウィーンの旅日記 
 
2002.5.30(木)〜6.9(金)

バラの香りでいっぱいのブルガリア、音楽の都ウィーンへいってきました!

 この旅日記は、参加された大原健治さん、錫子さんご夫妻によるものです。
 
お2人共コーラスや歌、健治さんは油絵、錫子さんは水彩画もされる仲の良い、多才で素敵なご夫婦です大原さんのギャラリーへ(写真のみあべぷらん)
5.30 am10:20  関空離陸
pm 3:05  アムステルダム、スキポール空港着(日本時間31日pm10:05) ホテルチェックイン
5.31 午前中アムステルダム観光 ブルガリヤへの直行便が無いため、思いがけないおまけ。
アムステルダム運河、ダム広場、シンケルの花市場、由緒ある教会も見ず飾り窓に気を取られる。
ザーンセ・スカンスの風車、(健治 風車小屋風景をスケッチ)、木靴工場見学

pm 4:15 アムステルダム発 ハンガリー・ブダペストで乗り継ぎ

pm10:55 ブルガリヤ・ソフィアに到着

ソフィア:120万の人口を抱えるソフィアは、ブルガリア最大の都市であり、また首都でもある。町の南には2000m級の連山が間近に迫り、山国らしい風情を感じさせる。ソフィアの歴史は紀元前のトラキア時代にまでさかのぼる。ローマ時代から交通の要所として栄え、のちにビザンチン帝国やオスマン・トルコの支配下に入った。独立一年後の1879年に首都となり、以来100年以上にわたってブルガリアの政治・文化の中心都市であり続けている。
6.1

am 8:00 
バラ祭り」参加のため、バスにてバラの谷カザンラクへ。先ず古代トラキア人の墓見学(世界遺産)
ブルガリヤ首相の前で歌う
ブルガリヤの民族衣装の可愛い子供達からバラの花びらをもらい、踊りや、演奏の出迎えを受ける。
こちらも片言のブルガリヤの歌(スレッドゥ セトロ ホロ イマ)やさくらさくらで答える。
しばらく待つうちにブルガリヤ首相、バラの女王、駐ブルガリヤ市橋大使夫妻が来て、ともにイベント会場の庭に入場し、バラの花の香りのお酒を頂きながらブルガリヤの音楽を聞き、私達もそこであらためて歌い拍手をあびる。
カザンラクと広島の福山とは姉妹都市を結んでいるそうで、今年バラの女王が日本へ来るそうです。とても美しい人です。

バラ祭り:ブルガリアで忘れてはならない特産品がバラの花。産地の「バラの谷」周辺では、バラの花が咲き誇る毎年6月に収穫を祝うお祭りが開催される。民族衣装で着飾った地元の人たちが畑に出て花摘みの実演を見せてくれるほか、ブルガリア民謡や踊り、子ども達のコンサート等が披露されるなどほのぼのとした祭りだ。また「バラの女王」選びもまた楽しいイベントの1つだ。人々がバラの収穫を心から喜んでいることが、収穫祭のさまざまなイベントを通してじんわりと伝わってくる。


シプカ教会で聖歌隊のコーラスを聞き、こちらも歌い交流。
聖歌隊のコーラスは素晴らしかった。阿部先生はブルガリヤ語でスピーチ。

カザンラクで一泊

6.2 am6:30 花摘みの実演見学に出発
一面のバラ畑の中で民族衣装の老若男女の演奏や踊りを見、結婚式の実演では大きなパンのひとかけらづつを口に入れてもらう。
そこでも赤いはっぴ姿で歌い拍手をもらう。最後に民族入り混じり手をとり合って踊る。
ローズオイル抽出工場見学。
市街に移りバラ祭りのパレードを見る。
青嶋さん、大江さんらと数人で歩いていたら、すごい人ごみの中でパレードを見に来ていた市橋大使夫妻に出会う。昨日の話をしてあらためて交流。
湖畔の野外レストランで民族舞踊を見ながら昼食、後で一緒に踊る。

ソフィアに帰り一泊。
6.3
am8:30 リラの僧院(世界遺産)見学   
壁画がすごかった。
標高が高く寒かった。
山中のレストランで昼食
pm ソフィアに戻り市内観光・・・ネフスキー寺院(地下に多数のイコンが展示)
夕食はブルガリヤ民謡を聞きながらのディナーショー

リラの僧院:10世紀、隠とん生活を送ろうと考えた1人の僧が奥深いリラの山中へと入っていった。そこに建てられたリラの僧院は、以後1000年近くにわたりブルガリア文化の伝統を脈々と受け継いでいく。宗教の中心地というだけではなく、ブルガリア民族の精神的なよりどころとなる重要な「聖地」である。

地下教会:建物は1mの壁でおおわれている。14世紀に建立され、内部はフレスコ画でいっぱいだったというが、現在はその一部しか残っていない。最古のフレスコ画は15世紀に描かれたもの。
6.4 am8:15 ソフィアの高校へ
日本語を勉強している高校生と交流(約50人)、
校長先生(右写真中央)の挨拶を受け、阿部先生もブルガリヤ語で挨拶。
ブルガリヤ語の歌「スレッドゥ セトロ ホロ イマ」、「ポレグナラ・エ・トゥドーロ」や日本の「さくらさくら」、「ずいずいずっころばし」(いずれも阿部和子編曲)などを歌い、めいめいにおみやげを渡しながら生徒たちのたどたどしい日本語の相手をし、めったに無いであろう日本語実習の役に立ったようで彼らは大いに喜んでくれた。私の作ったお手玉はその手助けにもなった。日本から贈られたという電子機器の備わった日本語学習ルームを見学。
「行かないで〜!」と行って手を振る生徒たちと互いに名残を惜しみながらバスで学校を後にする。
     


ダノンのヨーグルト工場見学、試食。

pm3:05 ソフィア→ウィーン(約2時間)
pm4:00 ウィーン着(時差1時間)
pm6:30 中華料理の夕食後ホテル(ヒルトン)へチェックイン
ウィーンの夕方散歩(6年ぶり)
近くの市立公園でシューベルトやヨハンシュトラウス像に再会し、懐かしのコンツェルトハウスやその前のベートーヴェン像、オペラハウス、ケルトナ-通り(歩行者天国)、シュテハン大聖堂に入りホテルに帰る。私達が散歩の間ほとんどの皆さんは王宮でのコンサートに参加。
6.5 ウィーンの朝
am6時前から健治一人散歩に出かけ市立公園よりホテルヒルトン、公園の池、ヨハンシュトラウス像などスケッチ。
am ウィーン市内観光(オーストリアでは一年で最高の季節だそうだ)
シェーンブルーン宮殿、他は車窓より国立オペラ座、国会議事堂、新市庁舎、ウィーン大学など見学。
プラター公園で観覧車に乗る(第三の男で有名)    新市庁舎レストランで昼食兼さよならパーティー(夜はオペラ見物のため)

pm自由散策  オプションでウィーンの森へ行く人も有ったが、私達と青嶋さんの3人は自由行動。オペラ座前から王宮公園のモーツアルト像前で写真撮影、美術史博物館見学(9ユーロ)、その後、健治、青嶋さん錫子組に分かれて行動。
健治はあちこちの公園の銅像(マリア・テレジア、モーツアルト、ゲーテ、ベートーヴェン、シューベルト)をスケッチ。シューベルトのところでイタリア人画家と出会い、スケッチや用具を見せ合い、描き方にについて腰を並べて談笑し、楽しいひとときを過ごした。
錫子組みはモーツアルトという名前の喫茶店でコーヒーを楽しみ、日本人向けのデパート伊勢丹やケルトナー通りをウインドショッピング。
もう制限時間が迫っていたが、前の時ここへは来ていない青嶋さんのために、シュテファン大聖堂に大急ぎで入ってみる。
ホテルの近くで偶然二組が出会い一緒に帰る。
pm6:00 夕食後ほとんどの人は国立オペラ座での
オペラ鑑賞(小澤征二指揮) 私達は休養のために、
ホテル内でウインドショッピングし、早めに休む。
6.6 am3:30モーニングコール

am5:00 ホテル出発

am7:20 ウィーン離陸 9時前アムステルダム着(空港で5時間弱自由時間)

am2:50 離陸、帰途へ
同席した人はブルガリア人のバイク屋さんで、これから日本へバイクビジネスに行くところと親しげに話し掛けてくれた。ブルガリアにある2軒の自分のバイクショップや日本のバイクの写真を見せて「スズキ、ホンダ、カワサキ、・・・」と指で示してくれ、その中に有った家族の写真の美しい奥さんと、二男三女の可愛いお子様を、いとおしげに見せてくれた。私達もブルガリヤへ行ってきたことをカタコトの英語で話し、デジカメの写真を見せると「オー、オー」と喜んでくれた。
6.7 am8:20(日本時間)関空着、 (時差7時間)
am11時過ぎ無事帰宅
今度も感動をいっぱい持ち帰れた良い旅だった。
阿部先生、(日通旅行・添乗の)中村さんありがとうございました。

さあ次に向かって前進!前進!
2002.6.9(Wカップ対ロシア戦を見ながら記録)


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